俺たちがどんないい野菜を作ったって戦争はなくならないし、
くだらないこともなくならないと思うんです。
でも、もしかしたら誰かを幸せな気分にできるかもしれないし、
もしかしたら誰かが涙を流すような野菜ができるかもしれない。
それが俺たちのつくる野菜かもしれないし。
そう思うと、あきらめるわけにはいかない。
赤ちゃんはママのおっぱいが欲しいとき
この世の終わりのように泣くんだ。
大人だって、それでいいんだよ。
泣いている誰かを泣き止ませて、
泣いていない誰かを泣かせるような・・・
そんな野菜が作りたいんだ!
「クニ ヲ アケナサイ」
黒船に乗ったペリーが鎖国の日本を開国したように
あなたの心をこじ開ける農家でありたい。
心が救われる野菜を。
まっすぐに心に届く野菜を。
あなたが自分の一部にしたいと思える野菜を。
どこにでもある野菜ではなく
あなたが食べたいと心底思える野菜。
それが俺たちの目指す野菜です。
俺たちの作った野菜があなたの心に届くことを信じて。
まずはとっぽい農園の野菜を持って・・・
「クチ ヲ アケナサイ」
俺たちはドアを叩く。開けてくれ。
農業にも色々なカタチがあります。
俺たちの農業スタイルは既存の農家の方からすれば、
「馬鹿なんじゃないか!」
そう思われることも少なくありません。
「おもしろそうなことやっているね」と言われることもあれば、
若いとも言われたし、青いとも言われました。
それでも、ここまでやってこられたのは人に笑われてもいい、
俺たちらしい農業がしたい。そう思っているからです。
人間も野菜と同じように心の中にタネを抱えていると思うんです。
何かを経験して心が大きく揺れたとき、タネはパカッと割れて新しい芽が飛び出す。
農業に出会ったとき、俺たちの心の中で1つのタネが割れました。
それは初恋のように俺たちを夢中にさせました。
そして何もなかった俺たちをドキドキさせながら前に進ませてくれました。
合言葉はひとつ・・・
馬鹿を突き抜けろ! 突き抜けた馬鹿になれ!
馬鹿にされたっていい、誰かを馬鹿にするよりも。
右にならえの時代。
誰もが同じ方向を見て、同じことを話して同じことばかりやっている。
それは農業も同じです。
俺たちは皆、農家出身ではない素人集団でした。
親が農家だったわけでも、家に畑があったわけでもありません。
でも、だからこそ曇りのない目で農業を見ることができる。
農業にあたらしい風を吹かすことができる。
そう思っています。
これまでのあり方に縛られず、
これからの時代に適した、進化した農業を目指し
お客様の心に刺さる農業がしたい。
はるか昔、私たちの祖先が育んできた栽培技術と
現在のテクノロジーやノウハウを組み合わせて、
これまでになかった新しい価値を提供する。
クレイジーだからこそ、できることをやりたい。
うわべだけの賢さを身にまとうことより
馬鹿でもいいから、自分の心を信じて生きていたい。
この気持ちはいつまでも持っていたいんです。
野菜の声に耳を傾け、野菜と会話する。
野菜の SOS を受信したら、一目散に畑に駆けつける。
野菜に話しかけるヤバイ奴らと思われても
毎日毎晩、夢中でやってる。
その意思が野菜を変える!
そう信じています。
偉くなって銅像になんてなりたくない!
銅像になって錆びついてしまうより、
絶対に錆びることのない想いを
あなたの心にブッ刺さしてみたいんです。
それがとっぽい農園が“最後に出した答え”です。
アカデミー賞もいらない、
国民栄誉賞もいらない。
でも、あなたの人生という映画のエンドロールに
とっぽい農園の野菜が脇役でいいから流れて欲しい。
「とっぽい農園の野菜がもっと食べたい」
そんな声がもっと聞きたい。
世界最高でなくても、
あなた史上最高の野菜になりたい。
正解なんてあってないような世界でも、
あなたからの一票がほしいのです。
清いやつ。
私たちの野菜であなたの人生が、
コンマ1%でも変われば、
私たちが情熱を注ぎ込んで作った意味があります。
食卓に笑顔を増えた
嫌いな野菜が食べられるようになった
子供が野菜を食べるようになった
本物の野菜のおいしさを知った
どんな些細なことでも構いません。
この小さな変化がすべてのはじまりです。
あなたの心が耕され、そこから新たな芽が出ること
それが俺たちの本当に目指すもの。
誰かの心を奮い立たせて、
壊れるくらい笑顔にさせて、
メチャクチャ幸せな気分で、仲間とうまい飯を食う。
俺たちはそういう気持ちになるために生きてるのだから。